• 2009.11.25 曽野綾子 被害者に落ち度

    投稿 2月 20th, 2010

    2009年11月25日の産経新聞のコラム「透明な歳月の光」で、作家・曽野綾子は、
    性犯罪に遭った被害者にも落ち度があるという趣旨で短文を寄せている。
    公人の性差別をなくす会は、曽野綾子氏、産経新聞、日本郵政株式会社宛てに抗議及び要請文を送った。

    産経新聞社 住田 良能 代表取締役社長殿
    斎藤  勉 編集・論説・正論・写真報道担当常務取締役殿
    編集局「オピニオン」担当殿

    昨年11月25日付け貴紙に掲載された「オピニオン 360」について一筆申し上げます。

    私たちは、女性に対する固定観念や偏見、家父長制時代の性別役割分業意識が女性の生き難さを助長していると考え、それらのステレオタイプな発想を払拭するための運動をしています。
    さて、曽野綾子氏の「透明な歳月の光」のタイトルの下、「用心するということ」という一文を読み、その偏見、固定観念に驚きました。このコラムの趣旨は、性犯罪に遭った被害者にも落ち度があるというものですが、その論拠は、あまりにも旧弊かつ乱暴です。
    例えば、「基地の町」で午前1時過ぎに基地の近くを出歩く女性は、性的商売をしていると思われても仕方がない、とは、思いこみも甚だしく、深夜に帰宅せざるを得ない職業の女性に対する偏見に満ちた断定です。

    また、日本の女子校生のスカート丈に触れた件りでは、どのような調査をなさった上でおっしゃっているのでしょうか。「あれでは男たちに手を出してください、といわんばかり」とは、刺激があれば「男は手を出すもの」、「そんな男を刺激する方がよくない」と言っているに等しいのです。「抜いた衣紋のかそけきうなじ」や「着物の裾に揺れる裾回し」「チラリと覗く白い足首」「濡れた瞳」や「さりげない手の動き」に欲望をそそられ、出してはいけない手を出した男性はいないのでしょうか。性的犯罪は、肌の露出度や体のラインのくっきり度や服装の刺激度に比例しているのでないことは、古今東西の性犯罪が示しているではありませんか。

    最後の段落にいたっては、あまりにも時代に遅れた価値観に驚くしかありません。未成年者には人権などない、とおっしゃっているのですから。子どもや学生、生徒は人権を主張してはいけないのですか。経済的自立のない人は人権を侵害されても黙っていろということですか。専業主婦には人権を認めないのですね。「私なら言いそうである」と書きつつ、「言って」いるではありませんか。それも断定的に。

    曽野氏が保守的な価値観をお持ちになるのは自由です。しかし、それはあくまでも私人としての立場においてです。しかし、影響力を広く及ぼし、不特定多数に働きかける役割を担う新聞紙上でその見解を開陳する以上、公的な責任を意識して頂かねば困ります。

    新聞は公器です。しかも貴紙は自ら「中道、普通、穏健な報道姿勢」を謳っています。犯罪者に正当性を与え、犯罪者を被害者の自己責任の名で擁護する曽野氏の言説は、決して中道でも普通でもありません。

    いまや、女性の自己決定権、女性の性的尊厳の尊重は世界の共通理解となっています。その国際的常識に欠ける日本の風習や固定的観念の温存は、曽野氏のこのような言説から助長増幅されるのです。

    このような日本に対して、国際的に厳しい視線が向けられていることはご承知のことと思います。

    固定的な性役割を求める家父長制的社会意識がいつまでも改善されないことで、女性差別撤廃条約締約国としての日本は、定時報告書の審査の度に厳しい指摘を受けてきました。

    昨年7月に報告書の審査が行われた際も、ふたたび、条約の精神の周知徹底と意識変革を日本は厳しく求められました。特に注目すべきは、その周知や意識変革に果すメディアの大きな役割が指摘されていることです。委員会はその『最終見解』において、「固定的性別役割分担意識」の項で、「反動」への懸念を示したのに続いて、「家父長制に基づく考え方や、日本の家庭・社会における男女の役割と責任に関する深く根付いた固定的性別役割分担意識が残っていることを女性の人権の行使や享受を妨げる恐れがあるものとして引き続き懸念する。委員会は、こうした固定的性別役割分担意識の存続が、特にメディアや教科書、教材に反映されており」と指摘(中略)、「固定的性別役割分担意識にとらわれた姿勢が特にメディアに浸透しており、固定的性別役割分担意識に沿った男女の描写が頻繁に行われている」ことに懸念を表明しています。

    こうした懸念を払拭して真に国際的な尊敬を獲得し、女性も男性も偏見なく個人の権利を享受できる社会に変えていくために、社会の公器としての新聞の役割はとても大きいと考えます。特に「中道、普通、穏健な」貴紙の果す役割は大きく、条約の精神の浸透に絶大な効果を発揮することでしょう。
    貴紙の誠実な対応を期待し、産経新聞社に以下の要望をいたします。よろしくお取り計らいくださいますよう、お願いいたします。


    1. 問題点の多い上記の原稿を掲載したことについて、産経新聞社としてのご見解をお聞かせ下さい。
    2.曽野綾子氏の記事に対
    2010年1月12日
    石原都知事の女性差別発言を許さず、公人の性差別をなくす会

    「オピニオン360」発言の謝罪と撤回を求める要請書
    曽野綾子 様
    2010年1月12日
    石原都知事の女性差別発言を許さず公人の性差別をなくす会

    私たちは女性差別をなくすために、特に、扇動的効果を持ち差別を拡大していく恐れのある公人の性差別発言に対して、取り組みを行っているNGOです。
    2009年11月25日付『産経新聞』「オピニオン 360」の「透明な歳月の光 用心すること」を読んで非常に驚き、性暴力への無理解に強い怒りを覚えました。
    日本政府の認可を受けて選任された日本郵政株式会社の社外取締役であるあなたの、公的・社会的責任は、大きいものがあります。以下いくつかの点について私たちの意見を述べ、発言の謝罪と撤回を求め、要請書を送付します。

    1、性暴力は、絶対に加害者が悪いのです。
    あなたは紙上で「もちろん決定的に悪いのは、犯人…」「もちろん襲った米兵が悪い…」と触れながら、殺されたのは用心をしなかった被害者の責任であるという考えを述べ、被害者を糾弾しています。
    痴漢、強姦、それらの結果としての殺人など、性暴力は長い間、「被害者に落ち度があった」と扱われ、今回のあなたの発言のようなバッシングもあり、被害者が二次被害を受けることも続きました。しかしこの20年あまり、被害を受け、生き続けた女性たちの苦しみながらも尊厳をかけた訴えと、それを支援する多くの女性や弁護士たちの懸命な取り組みで、裁判では、夜間に一人で歩こうと、服装がどうであれ、「被害者に落ち度があるという考えは間違いである」と認識されつつあります。これは、世界的な常識でもあります。さらに「性的産業に従事する女性は、襲われ殺されても仕方がない」というような言い方は、ひどい差別であり、人権を無視しています。
    昨年から始まった裁判員制度で、「魂の殺人」と言われる性暴力の問題は、法廷のあり方、その報道の仕方など、被害者の人権により注意を払うべき問題としてクローズアップされています。あなたが「オピニオン360」で取り上げているのは、実際の殺人にまで至った例です。殺された被害者たちは、どんなに恐怖に襲われ、絶望し、無念だったか、想像を絶するものがあります。あなたの発言は、それらの被害者に対して、まさに「死者を鞭打つもの」です。

    2、 あなたの「常識」は、女性の人権を抑圧します。
    「男女同権」というのは、「オピニオン360」であなたが女性について指摘されているようなことが、男性についても同じように扱われることです。
    海外留学を目指し、学業後の時間をアルバイトで費用を稼ぎ、暗くなってから一人で帰る男子学生は、常識はずれですか? 男性が一人で海外旅行に行くのは、常識はずれですか? 基地の町を午前1時過ぎに一人で歩く男性は、常識はずれですか? 太腕を出し、ぴったりのTシャツを着た男性は、女性がセックスを求めて近づいてくるのを期待しているのですか? 最新のファッションを着て仕事場に行くのは、常識はずれですか? 毎朝母や姉に車で送迎されて、男性が学校や仕事に行くのが常識ですか?
    あなたの言う「常識」は女性差別であり、女性の人権を抑圧するものです。

    3、子どもの権利を尊重して下さい。
    子ども一人ひとりの生きる力、育つ力を守り、尊重し、男児であれ、女児であれ、その個性や能力を伸ばして、社会に参加していく力や、人権、男女同権を教えるのが、両親や学校の教育の基本であるはずです。
    義務教育の小学校や中学校で、精神的・経済的自立を学び、その力を一層身につけて行く高校や大学で、他者を自分と平等な人間として尊重する人権教育は重要です。そして性暴力の加害者や被害者にならないために、きちんとした性教育が行われることがとても大切です。性暴力を前提にして、行動を規制し、脅し、抑圧することが、子どもの権利を守ることでしょうか?
    子どもが安心して安全に生きていける社会を作っていこうとするのが、親、学校、周囲の大人の役目ではないでしょうか。ましてあなたのような立場の人は、その役割が大きいはずです。

    4、あなたのオピニオン360は、男性に対する性差別です。
    あなたは、夜道を一人で歩く女性や、太ももの線丸出しなどの服装の女性は、「性被害の結果を期待している」と述べています。男性はすべて、そのような様子の女性を襲い、性被害を与えるものだという前提に立ち、男性というものは、いつもいつでも女性を性の対象としてねらっているという見方や考え方をしています。それは男性の他の能力、思いや考え方、生き方などを認めず、男性の尊厳を否定する男性に対する性差別でもあるのです。

    5、世界の常識と、日本の男女共同参画行動計画を知って下さい。
    1985年に日本政府は「女性差別撤廃条約」を批准しました。各国の専門家からなる女性差別撤廃委員会(以下CEDAW=Committee on the Elimination of Discrimination against women)が、日本政府が提出する報告書を審査します。昨年7月にニューヨークの国連で、第6次日本政府報告書審査が行われました。そして8月に、CEDAWから日本政府に「総括所見」が出ました。勧告を含む多くの総括所見の中で、今回のあなたの発言に関連する部分については、「女性に関する暴力への取り組みを強化すること」や「公的立場にある人の差別発言については、言葉による暴力の刑罰化も含む対策をとるよう要請する」などとあります。
    日本政府は来年度中に、「第3次男女共同参画基本計画」の策定を予定しています。国連差別撤廃委員会から指摘された点などについて前向きに検討し、女性に対する暴力の根絶に向けて取り組むとしています。
    あなたのような立場の方は、国際的な常識・良識である国連の意見や、日本政府の政策・方針に真摯に対応して発言して下さい。
    以上のような立場から、私たちはあなたに紙上での発言の謝罪と撤回を強く求めます。
    この要請書は、公開いたします。

    2010年1月12日

    要望書

    日本郵政株式会社
    取締役兼代表執行役社長 斎藤次郎 殿
    写 総務大臣 原口一博 殿
    内閣府特命(金融・郵政改革)担当大臣 亀井静香 殿

    石原都知事の女性差別発言を許さず、公人の性差別をなくす会

    私たちは女性の人権の確立と男女平等社会の実現をめざして活動している市民団体です。私たちは特に、日本社会で放置されてきた公人の女性差別発言を含む一切の女性差別をなくすために活動しています。
    貴社は、日本郵政株式会社法に基づき設立された日本政府の株式保有率100%の持ち株会社です。それゆえ貴社は一般の民間企業以上に公的・社会的責任を有する存在であるという認識に立ち、貴社の社外取締役である曽野綾子さんについて、下記のように要望いたします。


    1.曽野綾子さんは、2009年11月25日付産経新聞「オピニオン」欄の「曽野綾子の透明な歳月の光」と題するコラムにおいて、「用心すること」というタイトルで現実に起きた性暴力犯罪を念頭に置いて、以下のような主張を展開しています。
    「今でも忘れられないのは、いわゆる「基地の町」の駐車場で、夜半過ぎに一人で歩いていた女性が米兵に襲われて殺された事件である。もちろん襲った米兵が悪いのだが、午前1時過ぎに基地の近くを一人で出歩く女性は、性的商売をしていると思われても仕方がない。それは日本以外のほとんどどこの国でも示される反応だ。」「太ももの線丸出しの服を着て性犯罪に遭ったと言うのは、女性の側にも責任がある、と言うべきだろう。なぜならその服装は、結果を期待しているからだ。性犯罪は、男性の暴力によるものが断然多いが、『男女同責任だ』と言えるケースがあると認めるのも、ほんとうの男女同権だ。」「大学生がアルバイト先から、暗くて自分でも気味が悪いと思うような夜道を歩いて帰る、ということが本来常識外なのである。」と。

    これは明らかに、性暴力犯罪の責任は被害者にもある、被害者が事件を誘発したのだ、という主張です。
    2.性暴力犯罪ではない他の犯罪、たとえば強盗殺人事件においても、曽野さんは「殺された方にも責任がある」と言うのでしょうか?
    そもそも被害者の大多数が女性である性暴力犯罪において、「女性にも責任がある」とする見解は、長い間社会の「常識」として流布されてきました。しかし今日では、それが「男は襲うもの」という男性をも侮辱する前提に立って、女性に一方的な行動上の制約を課す誤った認識であり、「性の二重基準」に基づく女性差別であることが世界の常識となってきました。日本においても「被害者責任論」が被害者による告発を妨げ、加害者を免罪し、警察や裁判所を初めとする法執行機関による性暴力対策を遅らせてきたことが、少しずつ認められつつあります。

    曽野さんの見解は、この流れに逆行する、まるで「亡霊」のような見解です。しかしそれは「亡霊」とは違って現実の社会に多くの有害な影響を及ぼす主張です。なかでも実際に起きた事件の被害者を名指しで非難するに等しい記述、あたかも彼女たちが性暴力に遭う「結果を期待して」夜道を歩いていたかのように読者に印象づける記述は、被害女性を侮辱するのも甚だしく、事実の裏づけすらない決め付けは彼女たちへの名誉毀損です。さらに性産業に携わる女性なら「襲われても殺されても仕方がない」と言わんばかりの記述は、性産業で働く人間には基本的人権はないのだと言うに等しい暴論です。

    この見解は当該事件だけではなく、性暴力犯罪全体について、「被害者にも責任がある」とする社会的偏見を助長するものであり、被害女性に二重、三重の打撃を与え、告発を困難にするものです。さらに女性にのみ行動の自粛を強制する社会的・文化的性差別を強化するものでもあります。

    それは、日本国憲法の精神にも女性差別撤廃条約にも男女共同参画社会基本法にも違反するものです。さらに先に引用した箇所以外に、子どもの権利条約にも抵触するような主張もあります。

    3.曽野さんは貴社の社外取締役です。その立場で「日本郵政グループのサービスについてご意見を伺う会」を各地で開催する任に就いているとのことです。曽野さん個人がどのような性差別的な考えをお持ちだとしても、私人の立場で私的領域で自説を開陳されている限りにおいては自由とも言えるでしょう。しかし、曽野さんは公人です。日本郵政株式会社法第9条は、「取締役等の選任等の決議」として「会社の取締役の選任及び解任並びに監査役の選任及び解任の決議は、総務大臣の認可を受けなければ、その効力を生じない。」と定めています。曽野さんは、総務大臣によって承認された取締役なのです。
    そのような公的立場にある曽野さんが社会の公器であるマスメディアを使って、女性への差別と偏見に満ちた発言をしたことを黙認することはできません。
    曽野さんは被害者への名誉毀損、女性全体への人権侵害の差別発言を撤回すべきです。また、貴社は曽野さんに対し、このような女性差別発言は貴社の社外取締役としてふさわしくないので、撤回すべきであるということを勧告すべきです。

    4、私たちは、貴社に対し、曽野さんが先の産経新聞紙上における発言を撤回されない場合、
    曽野さんの社外取締役としての役職を解任されるよう、要望します。
    この要望書は公開します。
    この要望書に対する回答を文書にて、2010年1月31日までに、当会連絡先までご送付下さるようお願い致します。
    以上

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